時計からラーメン二郎まで

自分の好きなこと 思想を書きます。

趣味は何ですか?と聞かれたら何と答えますか。

趣味は何ですか? よく聞かれるけどなんと答えたらいいのやら…

本当に自分が好きな事を言えば良いもんなんだけど それがどれくらいのレベルにあるのかをいつも測られてる気がしてしまうんだ。


つまりその人が 人間としてどれ程のレベルなのか 面白いか 魅力があるかという事を 趣味は何ですか で聞いてるんじゃないかと思ってしまう。


それが意識的に行われてるのか 無意識のうちなのかは分からないけど 確実に 趣味は何ですか?
の質問には そういう意味が含まれている。


もちろんただ話の繋がりとして聞く事もあるだろうけどそっちの方が少ないと思う。



今から10年ほど前 自分が小学生だった頃 アニメおたくは 気持ち悪い もしくは変な人だった。

それから時が経ち オタクである事を隠すどころか自慢気に話す人すら多くなってきた。


アニメ自体 素晴らしい文化だと思うし 外国人にも広まってると 日本人として 嬉しい。

問題だったのはアニメそのものではなく 自分と少しでも思想が違うと 叩きまくる 人の気持ちを考えられないその姿勢にこそあった。

今でも 秋葉原に行くと いわゆるオタクというのが沢山いる。

今 言った オタクというのは 10年前の基準のオタクである。

彼らには申し訳ないが ちゃんと風呂に入って 髪洗ってんのかと聞いてみたい。


やはりオタクという言葉の意味が変化したのはSNSの急速な発展により オタク=ステータスと思ってる人が 少なからずいるというなが分かってきたからだと思う。

どっちにしろ人の趣味にケチつけるのは正に趣味が悪いとしか言いようがないな。


そこで僕は今まで趣味を聞かれても 答えることが無かったのだが これからは水タバコです!
ということにしようと思う。

何かよく分からんが目上の人と話す時に趣味の話になり 水タバコの話をしたら 案外盛り上がって良かった。

読書とか映画鑑賞ってありきたりだからそれ良いよと言われたのは嬉しかった。


元々 僕が煙草に求めるものというのは優雅 上品 そしてサブカルっぽい事。


水タバコはサブカル臭がする。 そういう意味ではアニメオタクと同じ部分があるのかもしれない。


だから上品さのカケラもない喫煙者は喫煙はしてるが嗜んではない。


煙草を嗜むなら 紳士でなければならない。

未成年 飲酒 喫煙について思うこと

日本では 未成年の飲酒 喫煙は禁じられている。

ついこの前もジャニーズの誰だかが19歳の子がいる席にいて酒を飲むよう煽ったとかで問題になっていた。


ここで思ったことだがその19歳の子は もう周りが保護する対象ではないと思った。

しかしそのジャニーズの奴も甘かったといえる。

一般人ならいちいち 飲み会の度に年齢確認なぞしないだろうが 芸能人はそれくらい気を使わないと自分の身は守れないと思う。


今や誰がどこで映像を撮ってたり音声録ってるか分からない時代だから

本当に信用出来る人
つまり口がすごく固い人たちっていると思うんだけどそういう人と一緒にいるべきだった。



今は居酒屋でもどうかな?って人には年齢確認するし誰もが面倒な事には関わりたくないので外で未成年が酒を飲む事はなくなった。


ただ僕は別に未成年がこっそり酒を飲んでも別に良いと思ってる。

ここで重要な事はこっそりという事である。

Twitterに写真をあげるなんてただのバカだ。

自己顕示欲の塊なのは分かるし誰もがそういう事はあるが 誰かに言いたいだけなら酒なんか飲まんでも良い。

ちなみに僕は成人しても全然酒は飲めません。


建前を守ること。 未成年は酒もタバコも駄目という建前は 守る必要があるかと言われればそんなにあるとも言えないが、 大っぴらに未成年が飲酒 喫煙するのは駄目なのだ。


とにかく駄目。 それが社会のルールでそれに従わなければ 制裁を受けるというのが真実なのだから仕方がない。


喫煙についても大体同じ。

僕はたまにシーシャ屋に行くのだが 結構があるチェーン店は必ず 年齢確認するようだった。

かなり徹底されていてお客さん全員に聞くようだった。


それに比べるとチェーン店ではない所は必ず年齢確認するわけではなかった。


絶対 確認すると思って免許証用意していたら店員さんが気を使って じゃあ確認する?w

みたいな感じでちょっと恥ずかしい事があった。


未成年がシーシャ屋にはいかないと思うがこれはマジで未成年は行ってはいけない。


個人の問題ではなく 恐らく未成年が通っていると知れれば その店は潰れると思う。

どっちにしろ営業は出来なくなる。


不本意な形で店が無くなるのはやはり良くない。


結局 未成年がそのような場にいると誰かが責任を取らなければならなくなるのが日本の法律だ。


だから家でこっそりやるなら良いけど外ではやめとけって話だ。


酒も タバコも 20歳になってから❗️

kiss

kissといえば尾崎豊ファンなら彼が赤いシャツを着て楽しそうに歌う姿を思い浮かべるだろう。

そもそも映像も沢山種類があるわけではないし彼が亡くなってから生まれた僕ら世代は同じような映像のイメージしかない。


確かこのアルバムを買ったのは高校生ぐらいの時だったか。

何故だか分からないが僕は中古のアルバムを買った。
中古と言ってもかなり状態も良かったし 値段もそんなに安くなかった。

それだったら何故新品を買わなかったのだろう。
今となっては謎である。


まだその時は近所に中古の 漫画とかCDが沢山売ってる所があり そこで買った覚えがある。

結構楽しい所だったのにある日から潰れてしまって変な会員制のジムになってしまった。

田舎の中学生 高校生にとって唯一の楽しみが無くなったのだから 何とも悲しい出来事だった。



尾崎豊の曲の中でもアップテンポな方なのだろうか。


bow ではサラリーマンにはなりたくは無かったし
scrap alley みたいな事もあった彼も大人になったんだなと思った。

まあbowではサラリーマンを批判してるようで応援してるような曲なんだろうと思う。

ガラス越しに 張り付く程 押し込まれて 肌を寄せ合えば 頭の中夢駆け回る

これは親近感 わくが 尾崎が満員電車なんか乗らんで欲しいってのはある。

これは歌詞の話だからどうだろうってのはあるが。

まともになりたいのに まともじゃない事に縛られる 苛立ちと吸殻の中 それでも何かが少しずつ蠢いているのが分かるのさ 心が壊れちまいそうだ 何を求めて暮らしているのか そして俺を何処かに加えておくれよ 愛しい君に

今も昔もリーマンってのは同じような悩みの中で生きてるんだろうなという思いが抜けなくなるようだ。


だけど素晴らしい事もある。
俺もいつかhoney とbabeyの寝顔にそっとキス出来るようになりたい。

そんな曲でした。

群衆の中の猫 君とは誰だ


https://youtu.be/kmvtwjnHD24尾崎豊 - 群衆の中の猫 ('88東京ドーム) - YouTube

男らしい曲

群衆の中の猫という曲 聞いてると君というのかが頻繁に出てくる。

君らしく 生きて欲しいから
やさしく肩を抱き寄せよう
君が悲しみにくれてしまわぬ様に
やさしく肩を抱き寄せよう

これ言えるの男の中の男でしょ。

君らしく生きて欲しいから俺が支えるってそれは自分に自信があるんだろうな。

やさしく肩を抱き寄せたらすべてが解決するんだ 少なくとも 僕と君との間では それが出来るんだ。

こういう歌詞は下手をすればカッコつけとも言われるかもしれないが 勿論 尾崎豊が歌えば問題ない。




こういう曲は多くて ダンスホールとか

俺の胸で眠るが良い

だから凄いよなと思う。

これを言える男が少ないってのはつい時代のせいにしがちだけど そんなんじゃない。

出来る奴は結局出来るもんだよ。


そもそも君という存在はどこにいるんだろうか。

群衆にまぎれ込んだ 子猫の様に
傷ついて路頭 さまよい続けているなら
ねえここへおいでよ 笑顔を僕が守ってあげるから


歌詞を引用しながら文章みたいなのを書こうとするともう歌詞が完成されすぎていて あれ?
自分の言葉はこれで良いのかと思うまでになる。


自分も現代の若者というのに当てはめると消極的? な方の人間なので
この曲には 一種の羨ましさを感じる。

愛だけたよりに 雑踏の中に君を探している

今 これだけ他の人に興味が持てない。

普通 相手に好かれたいとか気に入られたいとかあると思うが 自分も含めて 現代の若者と言われる人は 初めから諦めてる。

諦めてるというより無意味に思えるんだな。

正に興味がないとしか言いようがない。

俺はそんな若者じゃねーよ と言う人がいたら申し訳ない。


何もかも わかちあって行きたいから
やさしく肩を 抱き寄せよう
雨に街が輝いて見えるまで
やさしく肩を 抱き寄せよう


とにかくこの曲を聴いているとやさしく肩を抱き寄せようって 言えるのは 俺からすれば選ばれた人たちだが
逆に言えない方が少数なのかもしれない。

銃が人を殺す

有名な言葉で 銃が人を殺すのではない。

人が人を殺すのである。

というのがある。


確か全米ライフル協会の発言であったが 本気でそう思っているのであろうか。

銃 乱射事件が 起こるたびに銃規制の問題が取り沙汰されるアメリカだが一向に 規制は進まない


ライフル協会の政治票とかアメリカの成り立ちを考えるとなかなか難しいし ここまで広まってしまった以上 今更 規制出来ないんだろう。


ただ今回考えるのは間違いなく人を殺しているのは人ではあるが銃という道具がもたらしているものがある。



まず考え方として銃は人 あるいは動物の命を奪うか怪我を負わせるものだという事。


この点からしてナイフも危ないとか車も危ないとかいう理論は全く成り立たないように思える。


一応 僕は銃 自体をカッコいいものだと思ってるし 狩猟なんかもしてみたいと思ってる。


矛盾してるかもしれないが動物の命を奪う行為は人を殺す事とは違うと思っている。

というかそうでなければ人間は生きていく事は出来ないだろう。

肉を食ってる以上そういう事。


銃が人を殺す目的の物なので指一本 少し動かすだけで一瞬で 大男だろうが どんなに体格が違う相手でも簡単に殺せる。


銃がなければ死ななかった人は沢山いるだろう。

簡単である故 どんな奴が隠しもっているかも分からない。

世の中想像以上に頭の吹っ飛んだ奴がいるのだ。

それと銃というのは不思議な力があるのかどうなのか

銃を持つと人が変わってしまう。


一度 撃つと何かに取り憑かれてしまうようだ。

大多数の 人は銃口を人に向けたりはしない。

何故なら自分も死にたくはないから。


ただし銃の魔力に取り憑かれてしまった人が耐え難い苦痛や困難から逃れる為の手段として銃を使ってしまったら

それこそ止めようがないだろう。

ライフル協会も間違っているが銃は自衛の為の武器にはなり得ない。

どう考えても先制攻撃の為の武器である。

確かに乱射している犯人を止めるには銃が必要だが一般市民が持っていても意味あるかな。

被害を最小限に食い止める事は出来るはずだ。

ただしそれも射撃の腕がある程度ないと駄目だろうな。


銃 規制が必要な理由は銃自体が人間を変えてしまう魔力を持っている事にあると思う。

結婚したいか?

考え方というのはその時々でどんどん変わっていくもので時間が経ち環境が変われば それは過去の自分であって もう今の自分とは他人なのだろう。


そういうわけで今の考えでいうと自分は結婚したいというのが無い。

相手が居ないんだろう 負け惜しみか? などという 心無い意見は置いといて なんかめんどくさいなと思うのである。

実際 相手がいないのは事実。


そもそも誤解されても別に良いのだが 自分はまずゲイ ではない。

ゲイである事を恥ずかしいと思うという事は全くないだろうが 何故か 彼女がいないと お前はゲイなのか などといじられたりする。


こういう出来事があると 普通に 付き合って普通に結婚して普通に子供を作るのが当たり前な人はどれくらいいるのだろうと思う。


男も女も好きじゃないって人いないのかな。

興味がないっていうとカッコつけてるみたいで嫌だけど なんていうのかな
全てにおいて人と深く関わるっていうのはめんどくさいし疲れるんだ。

いわゆる彼女が出来ない 人がバカにされるのには それだけ魅力がない人ということなのだろうが
逆にいうと何故 世間の普通の人間というのはそんなに魅力に溢れているのだろう。


普通に生きていればパートナーなんて簡単に出来るよね。 出来ない人は問題があるんだよって言われたことはよくある。


それと私 自分より背が低い人は無理〜 と面と向かって言われたが それを本人に言ってどうすんだよ。。

悲しくなるだけじゃねえか。

何にも生み出さねえよ。

そうやって自分は性的に優れているんだ お前よりは上だと散々言われて 俺は疲れてしまった。


そんな場合 反論しても無意味だった。


俺の場合 自分でいうのも何だが顔はそんなに悪くないはず。

男の場合 背も大事な要素だが まあ160 ちょっとしかない。

これはもう変えられないのでどうしようもない。

どうしようもない故に幼少期より様々な 言われ方をして来た。

同じような境遇の人なら分かると思うがこれは案外堪えるものである。

そして何より1番まずいのは人と目を合わせられない。

オドオド? している雰囲気らしい。

やっぱり顔云々 よりも背よりも 自身に満ち溢れている人ほど 男らしいし 魅力もあると思う。


批判されるのが怖くて関わらないってのを選択してきたけど この先どうなるんだろうってのが恐怖しかない。


リア充にならなくても良いから理解者が欲しいと思ったのであった。

日常がすり替えた叫びに誰もが気を失う。

最近このアルバムばかり聴いてる気がするんだ。

どっちかというとマイナーな曲が集まっている。 尾崎自身も失敗作と語るようにどうもあの伝説的なシンガーの作った曲じゃないぞと思う。

言ってみれば晩年?の曲たちも聴いてみればやっぱりメロディーが良い。

福山雅治も言ってたよな。

尾崎豊は曲が良いんだって。

自分は音楽の事は全く分からないので好き勝手にいう事にしている。

歌詞の勝手な解釈になるが日々誰もが気を失った状態、、つまり仕事やその他大変な事があって誰も正常な人はいないんだ。

それを皆んなが皆んな隠してるから社会は一見普通の人々で成り立ってるように見えてしまう。

何かが俺と社会とを不調和にしていくけれど前から少しずつ 感じていたことなんだ。

そう歌詞にもあって何で俺だけが感じてるんだろうって思うはずさ。

だけどそれを口に出したところで皆んな否定するんだ。


誰もがそんな事は言わないってお約束でやっているから。

核 (CORE) [アルバム・ヴァージョン]

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  • 尾崎 豊
  • ロック
  • ¥250


太陽の破片

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  • 尾崎 豊
  • ロック
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それからこの時ってヤクは抜けてたのかな。
cold windなんか聞くとやっぱやってる感じするよなと思う。

もしあそこで死ななかったとしてその後あんまりいい感じにはならなかったはず。

歌は好きだけど尾崎豊のそういう所は否定し続けなければならない。

そして自分は尾崎豊 信者にはなりたくない。

ただのファンでいたい。

尾崎が嫌われる要素の1つに信者がウザいというのがある。

信者っていうのは本当にヤバくてその人が何をやっても犯罪者でも もう洗脳みたいなもんだから何でも肯定的になってる。

そんなの抜きにしてさ単純に歌が上手いとか歌詞が好き。 ファンっていうのはそれでいいんだ。